化粧をしない日を、週に一度決めている。

火曜日は、化粧をしない、と決めている。

予定がある日でも、打ち合わせがある日でも、火曜日は、素顔で動く。

ヘアメイクを仕事にしている人間が、週に一度、化粧をしない日を決めている。

ちょっと、矛盾しているように見える。

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きっかけは、肌が悲鳴を上げた日。

30歳を過ぎたあたりから、肌がときどき、赤くただれるようになった。

皮膚科にも通った。パッチテストもした。いろいろな原因が考えられたけれど、いちばん大きかったのは、たぶん、「休んでいないこと」。

365日、朝になると化粧水をつけ、乳液をつけ、下地を塗り、ファンデーションを塗り、仕上げにパウダーをはたく。夜、メイクを落として、保湿をして、寝る。

肌は、365日、ずっと、何かを乗せられている。

私は、人の肌にメイクをする仕事をしているから、自分の肌にも、ずっと手を加えてきた。

でも、肌には、休む時間が要る。

人間の体と同じで、休めない肌は、ある日、限界が来る。

火曜日を、休肌日にした。

なぜ火曜日かと聞かれたら、特に深い理由はない。

ただ、月曜日は週の始まりで気合いを入れたい、水曜日は打ち合わせが多い、木曜日と金曜日は仕事のピーク、土日はお客様との鑑定が入る。

消去法で、火曜日しか残らなかった。

火曜日は、朝、洗顔したあと、化粧水と乳液だけつけて、外に出る。

眉毛も描かない。マスカラもしない。口紅もつけない。日焼け止めだけは、肌を守るために塗る。

最初の数ヶ月は、外に出るのが少し怖かった。

誰かに「今日、疲れてる?」と聞かれたら、どうしよう。ばれないように、帽子を深くかぶる。マスクをする。顔を隠す小細工を、たくさん考えた。

でも、半年経った頃に気づいた。

誰も、私の顔なんて、見ていない。

他人の視線は、幻だった。

コンビニの店員さん、電車で隣に座った人、打ち合わせ相手、道ですれ違う人。

誰一人、私の「今日の肌」を、観察していなかった。

たまに「なんか今日、雰囲気違いますね」と言われることはあったけれど、それは悪意じゃなかった。むしろ、「清潔感があって、いいですね」と続く人のほうが多かった。

私がずっと「化粧しないと外に出られない」と思っていたのは、他人の視線ではなく、自分の中の呪いだった。

「化粧をしていない自分は、だめな自分」

その思い込みを、自分に毎朝、毎朝、かけていた。

素顔で鏡を見る練習。

火曜日の朝、洗面所で鏡を見る。

最初の頃は、鏡を見るのが怖かった。

くすみ、小さなシミ、目の下のクマ、毛穴。目をそらしたい情報が、正直に、そこに映っている。

でも、これを半年、1年と続けていくと、鏡との関係が変わる。

自分の素顔に、だんだん、慣れる。

慣れると、不思議なことに、好きになれる場所も出てくる。

目の形。口元の影。左右の対称性。化粧でごまかしていた頃は、見えていなかった「自分の顔の、そのままの良さ」が、静かに浮かび上がる。

化粧は、隠すものだと思っていたのに。

外すと、何かが、見えてくる。

化粧をする日が、意味を持ちはじめる。

火曜日を作ったおかげで、月水木金土日の化粧が、意味を持ちはじめた。

以前は、ただの「毎日の作業」だった化粧が、「今日は化粧をする日」として、少し特別になる。

鏡の前に座る時間が、丁寧になる。

下地の選び方、ファンデーションの色、チークの入れる位置、口紅の発色。ひとつひとつを「今日はこれ」と選ぶ楽しさが、戻ってくる。

人間は、365日同じことを続けると、それを「作業」にしてしまう生き物。

でも、7日のうち1日を「やらない日」にすると、残りの6日が、「やる日」として立ち上がる。

化粧をしない火曜日があるから、化粧をする水曜日が、ていねいになる。

肌も、心も、休ませる日。

火曜日は、肌を休ませる日。

でも、休んでいるのは、肌だけじゃない。

「今日、きれいに見せなきゃ」という、小さなプレッシャーから、心も休んでいる。

女性がメイクにかける時間とエネルギーは、気づかないうちに大きい。たかが20分、されど20分。その20分を週に1日だけ、自分のために返す。

20分、長めのお風呂に入る。
20分、丁寧に朝食を作る。
20分、ベランダで日光を浴びる。
20分、誰にも会わない時間を、自分にプレゼントする。

たった週1回、たった20分。

でも、これが、ずっと続く人生の中では、大きな贈り物になっていく。

「しない」を、選べる人になる。

美容の世界では、「何をするか」の情報が、溢れている。

新しい美容液、新しいメソッド、新しい器具、新しい化粧品。毎月、毎週、「これを足してみましょう」の情報が、渦巻いている。

でも、ほんとうは、「足す」だけじゃ、美しくならない。

ときに、何かを「しない」ことのほうが、効く。

化粧をしない日を作る。
スキンケアを簡略化する。
美容室の頻度を減らす。
鏡を見る回数を減らす。

「しない」を自分の意志で選べる人は、「する」の質も、自然に上がる。

週に一度、化粧をしない日。

それは、肌を休ませるためだけの時間じゃなくて、自分に「しない」を選ぶ権利を、返す時間。

明日、何曜日だったか。

一度、自分の「休肌日」を、決めてみてほしい。

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