その夜、電話が鳴った。
時計は23時を過ぎていた。普段なら出ない時間帯。でも、相手の名前を見て、私はすぐに画面を触った。
教え子からの電話だった。
「先生、できました」。
出た瞬間、向こうから聞こえたのは、泣き笑いの声だった。
「先生、できました。」
何が、とは言わなかった。
言わなくても、分かった。
その子は、その夜、初めて自分の力で、お客様の鑑定をひとつやり遂げたばかりだった。私の補助なしで。誰の助け舟もなしで。
私は、少しだけ黙った。それから、ようやく、
「おつかれさま」
とだけ、言えた。
そこに至るまでの、長い夜。
その子と出会ってから、ここまで辿り着くのに、しばらくの時間がかかっていた。
最初の頃、その子は自分に自信がなかった。カードを見て、感じたことを口にするのに、毎回震えていた。「これで合ってますか?」と、私の顔色を窺ってばかりだった。
私は、その問いに一度も答えなかった。
「あなたが、そう感じたのなら、それが、そのカードの意味」
そう言い続けた。
その子は、最初、戸惑っていた。「でも、本に書いてある意味と違うんです」「辞書にはこう書いてあるんです」と、何度も言ってきた。
「本には、そう書いてある。でも、あなたが今、目の前で感じた意味は、本のどこにも書いていない」
それが、カードを読むということ。
少しずつ、その子の中で、何かが動きはじめた。
電話の向こうで、笑っていた。
その夜の電話で、その子は、泣き笑いのまま、こう言った。
「お客様が、『ありがとうございます、ちゃんと届きました』って言ってくれて。」
それから、
「先生が、いつも言ってくれてたことの意味が、今、やっと分かりました。」
私は、電話の向こうで笑っているその子の声を、ずっと聞いていた。
本当は、私も泣きそうだった。
でも、先生が先に泣いては、いけない。
火は、灯った瞬間が、いちばん小さい。
電話を切ったあと、私は部屋のキャンドルに火をつけた。
新しい火は、点いた瞬間、いちばん小さい。
風に吹かれれば簡単に消えそうな、頼りない火。でも、放っておくと、しばらくして、背筋を伸ばして、安定した灯りに変わっていく。
今日、その子の中で、小さな火が灯った。
その火を絶やさないために、私が明日からやることは、もう、あまりない。
これまでみたいに、手を引っ張ることはしない。隣を歩くこともしない。
その子が、自分の手元の火を守りながら、自分の足で歩いていく姿を、遠くから見ているだけ。
たまに振り向いたときに、こっちの火も灯っていれば、その子は安心するはず。
私の仕事は、それくらい。
教える側が、教わっていた。
その夜、私は長く眠れなかった。
嬉しい、というのとは、少し違う。
誇らしい、というのとも、また違う。
言葉にすると薄くなる、もっと静かな感情がずっと胸にあって、それをキャンドルの灯りと一緒に、ただ眺めていた。
教えるのは、教えている側が教わる時間でもある。
その夜、私は、その子から、ずいぶん多くのことを教わった。
火は、いちばん小さいとき、いちばん尊い。
