日曜日の夜、私は必ずネイルを塗り直す。
同じ色。同じブランド。同じ順番で、毎週。
赤。
それも、ピンクがかった赤でも、朱色でも、ワインレッドでもなく、ただ「赤」と呼びたくなる赤。
色を選ぶのをやめた日のこと。
昔は、毎週違う色を塗っていた時期もあった。
夏だから青。秋だからマットなブラウン。冬だからディープなボルドー。春だからニュアンスピンク。季節に合わせて、トレンドに合わせて、服装に合わせて、気分に合わせて。
ある時、気がついた。
私は、色を選ぶたびに、少しだけ疲れている。
ネイルだけじゃない。服も、口紅も、アイシャドウも、毎日「どうしよう」と選んでいる。その決断のひとつひとつが、目に見えないエネルギーを削っていた。
選択肢の多い人生は、豊かだけれど、重い。
この赤以外、塗らない。
ある日、ドラッグストアの前で足が止まった。
別のブランドの、別の赤。たぶん7割方、私がいつも使っている赤とほぼ同じ色。価格はほんの少し安い。
手に取って、戻した。
ほぼ同じ、というのは、違う、ということ。
私がずっと使っているあの赤は、塗った瞬間の光沢、肌に乗ったときの発色、1週間持ったときの色落ちの具合、全部が計算されている。10年以上、毎週塗り続けてきたから、その微細な違いが体に染み付いている。
「ほぼ同じ」で妥協できる人は、まだ探している途中の人。
私はもう、探すのをやめた人間。
同じものを選び続ける贅沢。
同じものを選び続けるのは、贅沢だと思っている。
新しいものを試さない、と言うより、これ以上探す必要がない、という豊かさ。
洋服でも、香水でも、スキンケアでも、同じことを感じている。あちこち試している間は、楽しい。でも、どこかでずっと「まだ、もっといいものがあるかも」という小さな飢えがある。
それを、やめる。
「これだ」と決めたら、それ以降は、その一本に決めて、戻ってくる。
決めるのは、勇気がいる。
でも、決め終わったあとの静けさは、格別。
週に一度の、静かな儀式。
日曜の夜、お風呂のあと、薄暗い部屋にキャンドルを一本灯す。
前の週の色を、コットンでゆっくり落とす。爪の表面を丁寧に整える。キューティクルオイルを馴染ませて、5分ほど置く。それから、やっと、赤を開ける。
ベースコート、赤、赤、トップコート。
塗り終わると、キャンドルの灯りで、深い赤が、少し琥珀色に見える。
この瞬間が、私にとっての「週末の終わり」の合図。明日からの一週間、どんな鑑定があっても、どんな現場が入っていても、私は整っている、と、自分に言い聞かせる時間。
同じ色を塗っていると、自分の爪の状態がよく分かる。
今週は艶が足りない。少し疲れているな。
今週は色の乗りがいい。調子がいい。
色の情報がひとつに固定されているからこそ、他の情報が立ち上がってくる。
一つを、選び続けるということ。
ネイルの話、だけれど、ネイルだけの話ではない。
人も、仕事も、関係も。
「これだ」と決めて、同じものを、丁寧に、長く、選び続けること。
それが、本物を育てる、ということなのかもしれない。
週に一度、赤を塗る。
それだけのことが、私の一週間の、いちばん深い祈りだったりする。
