「孤独」が怖くなくなった夜のこと。

孤独が怖くなくなった夜のことを、覚えている。

具体的に、何月何日だったかは、もう思い出せない。でも、その夜の窓の外の色と、部屋の静けさの濃度だけは、今も、手触りがある。

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それまで、孤独は、怖かった。

20代の私は、一人でいるのが、苦手だった。

夜、家に一人でいると、何かに追われているような気がした。

テレビをつけた。音楽を流した。SNSをスクロールした。誰かに電話した。

部屋の中を、常に「誰かの声」で埋めていないと、自分が溶けて消えてしまいそうだった。

孤独は、敵だった。

近づけてはいけない、すぐにかわさなければ、と、心のどこかで、常に警戒していた。

ある夜、誰にも、電話できなかった。

きっかけは、小さなこと。

その夜、私は、落ち込んでいた。理由も覚えていない、小さな失敗だったと思う。

いつもなら、すぐに電話をする。

でも、その夜は、連絡帳を開いて、スクロールして、どの名前を見ても、「この人は、今、たぶん、忙しい」「この人に、この話は、重すぎる」「この人の時間を、私の気分で奪うのは、申し訳ない」と思って、結局、誰にも、電話できなかった。

スマホを、ベッドの脇に置いた。

覚悟を決めて、今日は、一人で、夜を過ごすことにした。

恐ろしいほどの、静けさ。

テレビも、音楽も、SNSも、全部、オフにした。

部屋が、静かになった。

これまで、この静けさから、必死に逃げていた。

でも、逃げる先が、今日はない。

最初の30分は、苦しかった。

自分の呼吸の音が、大きく聞こえる。心臓の音が、響く。頭の中で、あれこれの後悔が、ぐるぐる回る。

こんなに、自分の内側は、うるさかったのか、と、思った。

いつもは、外の音で、これを掻き消していた。

1時間を超えたあたりで、変化が訪れた。

じっと、静けさの中にいると、1時間くらいで、なにかが、変わりはじめる。

頭の中のぐるぐるが、少し、静かになる。

後悔も、不安も、次第に、薄まって、どこかへ流れていく。

その代わりに、自分の中に、誰がいるのかが、はっきりと、見えてくる。

それは、私、だった。

ただ、私が、いた。

普段、外の音で埋められていたから、自分の中に、ずっと、自分がいたことを、忘れていた。

一人でいても、私は、一人じゃなかった。

私が、私と、いる。

この発見が、その夜の、いちばん大きな出来事だった。

孤独は、一人のことを、意味しない。

孤独は、誰もいない状態、だと思っていた。

でも、違った。

孤独は、「自分と一緒にいる」時間。

他人の声を遮断して、自分の声と向き合う時間。

この時間を、こわがって避けていると、人は、自分の声を聞けなくなる。

自分の声が聞こえないまま、他人の声ばかりを取り込んでいると、人は、どんどん、他人になっていく。

自分の中が空っぽになる。

だから、また、外の音が欲しくなる。

この無限ループから抜ける方法は、一度、ちゃんと、孤独に触れること。

孤独に触れると、自立する。

その夜以来、私は、孤独が、怖くなくなった。

一人で夜を過ごすことが、むしろ、楽しくなった。

自分と、お茶を飲む。
自分と、音楽を聴く。
自分と、本を読む。
自分と、眠る。

一人でするすべての行動が、実は、自分との時間だった、と、気づいた。

これに気づくと、人間関係の取り方も、変わる。

寂しさから、誰かに会わなくなる。

一緒にいたいから、誰かに会うようになる。

この違いは、関係性の質を、根本から変える。

孤独への入り方。

いま、孤独が、怖い人もいると思う。

急に、ドアを開けて飛び込む必要はない。

まずは、短い時間から。

テレビを消した状態で、15分だけ、一人で、お茶を飲む。
スマホを、手の届かない場所に置いて、30分だけ、ベランダに立つ。
誰にも連絡しない時間を、1時間、作ってみる。

最初は、気まずい。

でも、慣れていくと、その「気まずさ」が、「落ち着き」に、変わる瞬間が、来る。

人によって、変わるタイミングは違う。2週間の人もいれば、3ヶ月の人もいる。

でも、必ず、来る。

あなたは、一人で大丈夫な人。

孤独を怖がる人ほど、実は、一人でも、しっかり生きていける人。

怖いのは、一人でいる自分が、実は結構、強くて、頼りになる、と気づいてしまうこと。

強い自分に気づくと、これまで寄りかかっていた、色々なものを、手放すことになる。

だから、無意識に、怖がる。

でも、手放した先には、自分の力で立つ、という自由がある。

その自由を、まだ知らないだけ。

今夜、スマホを閉じて、テレビを消して、ただ、15分だけ、自分と静かに過ごしてみてほしい。

あなたの内側で、あなたが、あなたを、待っています。

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