結論から言う。
弟子が辞めていったのは、私が下手だったから、じゃない。
むしろ、うますぎたから。
これに気づくのに、10年かかった。
弟子を、何人取った?
正確な人数は言わない。数えるのも切ないから。
みんな真面目な子だった。占いが好きで、私のところに「習いたい」と頭を下げてきた子たち。
最初の数ヶ月、みんな目がキラキラしている。
「タロットってこんなに奥深いんですね!」
「先生のリーディング、天才すぎます。」
「私もいつかあんな風になりたいです。」
半年くらい経つと、空気が変わる。
「……私、才能ないんじゃないかと思って。」
そこから先は、もう早い。辞める子は、1ヶ月で辞める。
「先生、答え教えてください。」
一番多かった質問が、これ。
例えば、弟子が一枚カードを引いて、私に見せる。
「これ、どう読めばいいですか?」
私が「あなたはどう感じた?」と返すと、だいたいの子が困る。
「分からないから、聞いてるんです。」
この言葉が出る子は、もう危ない。
それでも、その当時の私は、一生懸命教えた。カードの意味、スプレッドの組み方、クライアントとの距離の取り方、相場の決め方、あらゆること。
熱心な先生だったと、自分では思っていた。
教え終わった瞬間、弟子は満足そうな顔をする。でも、次に同じようなカードが出ると、また聞いてくる。
「先生、これどう読めば……」
永遠にこの繰り返し。
親切の毒。
私は、答えを渡しすぎていた。
弟子が迷っている時間がかわいそうで。分からなくて黙り込む時間が耐えられなくて。聞かれたら、すぐに「こういう時はこう読むのよ」と言ってしまう。
結果、弟子は、自分で考えなくなった。
私が答える前に、自分で探るという筋肉を、まったく育てられなかった。そのまま、何ヶ月も何年も経って、「自分には才能がない」と判断して、辞めていく。
才能がなかったんじゃない。
自分の頭で考える機会を、私がずっと奪っていた。
教えることは、親切じゃない。
ときに、相手を一番ダメにする毒になる。
やり方を、全部変えた。
今は、もう弟子は取っていない。その代わりに、教え方を根本的に変えた。
答えは、絶対に先に教えない。
「これ、どう読めばいいですか?」と聞かれたら、
「じゃあ、あなたが今見ているこの絵の中で、一番気になるものは?」
質問で返す。
相手が答える。その答えに、またこちらが質問で返す。
これを繰り返していくと、教わる側が自分で答えに辿り着く瞬間が来る。「あ……これ、こういう意味かもしれないですね!」と、自分の口から言葉が出る。
その瞬間、目の色が変わる。
これが欲しかった。この顔が、欲しかったんだ、と、教える側も気づく。
灯りは、置いてあげるもの。
かつての私は、弟子の代わりに歩いてしまっていた。
「こっちに行けば早いよ」「そこは危ないから避けて」「このカーブはこう曲がるの」と、全部先回りしていた。
弟子は、歩き方を覚えられなかった。
私がやるべきだったのは、足元に小さな灯りを置くことだけ。
次の一歩が見えるくらいの、小さな火。そこから先は、本人が歩く。転んでもいい。引き返してもいい。それは全部、本人の足で決めていい。
人が成長するのは、教わった瞬間じゃない。
自分で答えに辿り着いた瞬間。
その瞬間を、私はかつて、全部自分で横取りしていた。
それが、弟子が全員辞めていった、本当の理由。
10年かけて、やっと、教える、の意味が分かってきた気がする。
遅すぎる。でも、気づいてよかった。
