あれは、まだ対面鑑定を始めて3年ほど経った頃のこと。
小さな個人サロンに、三十代後半くらいの女性が来た。身なりは整っていて、声は少し震えていた。私の前に座った瞬間から、涙を堪えているのが分かった。
カードを引く前に、彼女はこう言った。
「もう何を聞いたらいいのか、分からないんです。」
その日、私は「プロ」だった。
私は頷いて、いつものように3分黙って彼女を見た。それから、カードを引いた。
出たカードは、はっきりしていた。
逃げて、と言っていた。
彼女の状況を、まだ何も聞いていなかった。仕事のことなのか、恋愛なのか、家族のことなのか。それすら聞いていないのに、カードは、とにかく今いる場所から離れろ、と言っていた。
私はそれを、「プロらしく」翻訳した。
「環境を変える必要がありますね。焦らず、少しずつで大丈夫です。」
そう言って、次のカードを引いた。
彼女は深く頷いていた。安心したように見えた。
私はその後、穏やかな未来を示すカードの話をして、「時間をかけて整えていきましょう」と締めくくった。
鑑定料は、当時の私の相場で、二時間、二万円。彼女はきちんとお金を払って、深々と頭を下げて帰っていった。
ニュースで見たのは、一週間後だった。
詳しくは書かない。書いていいことじゃない。
ただ、彼女の名前を、私は一度も聞いていなかった。予約フォームに書かれていた名前は苗字だけ。それでも、年齢と地域と、当日の服装を覚えていれば、分かる。分かってしまった。
あの日、カードは「逃げて」と言っていた。
私は、「環境を変える必要がありますね。焦らず、少しずつで大丈夫です」と言った。
焦らずに、なんて、私は、言うべきじゃなかった。
翻訳しすぎた。
カードに出ていたのは、もっと切迫した合図だった。それを、私は「プロっぽい言葉」に変換してしまった。
「今日、帰ったら荷物をまとめてください。誰に何と言われても、まず距離を取ってください。」
そう言うべきだった。
カードはそう叫んでいた。私がそれを、丁寧な言葉に薄めてしまった。
お客様を驚かせない、場を乱さない、プロとしての口調。
誰のためのプロだったんだろう。
唯一、後悔していること。
15年、この仕事をしてきて、後悔していることは、たった一つ。
あの日、もっと下品に叫べばよかった。
プロだとか、上品だとか、相場だとか、そんなものを全部蹴飛ばして、「今日、絶対、帰らないで」と、掴みかかって止めればよかった。
鑑定料なんて、いらなかった。
それ以来、私は鑑定で「プロの口調」を使うのをやめた。
カードが叫んでいる時は、私も叫ぶ。
お客様に嫌われてもいい。恐怖を与えてもいい。場が重くなってもいい。
カードの声を、そのまま、相手の耳に届ける。
それだけは、もう、絶対に翻訳しない。
火は、小さいうちに置く。
ろうそくに火をつけるとき、私はいつもあの日のことを思い出す。
火は、燃え広がってからでは遅い。
足元が真っ暗になる前に、小さな火を、相手の足元に置いておく。
そのために、私はもう、綺麗な言葉を選ばない。
届かない優しさは、優しさじゃない。
彼女の名前を、私は今でも知らない。
でも、今日も、ろうそくに火をつける。
