メイクが「武装」だった頃の自分へ。

メイクを始めた頃の自分に、今すぐ会いに行けるなら何を言うだろう。たぶん何も言わない。あの頃の私には、言葉より先にファンデーションを塗ることのほうが、ずっと大事だったから。鏡の前に座って、筆を走らせて、ようやく「今日も戦える」と思えた。あれは美容じゃなかった。完全に、武装だった。

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素顔が怖かった、あの時代のこと

二十代の前半、私は自分の素顔を誰にも見せたくなかった。
朝、洗顔を済ませた直後の顔を鏡で見るのが嫌で、意識的に目を逸らしていた時期があった。大げさに聞こえるかもしれないけれど、あれは本当のことで、今でも鮮明に覚えている。洗面台の電球の光が少し黄みがかっていて、そこに映る自分の顔が、どうしても「足りない」ように見えた。何が足りないのかは、うまく言葉にできなかった。ただ、足りない。その感覚だけがあった。

だからメイクをした。下地を塗って、ファンデーションを重ねて、コンシーラーで気になるところを潰して、チークを乗せて、リップを引いて。工程を一つずつ踏むたびに、心の中の何かが閉まっていく感覚があった。引き出しの鍵をかけるみたいに。あるいは、鎧を一枚ずつ装着していくみたいに。

当時の私はヘアメイクの仕事を始めたばかりで、技術的には日々成長していた。プロとしてのスキルは確かに上がっていく。でも不思議なことに、技術が上がれば上がるほど、「自分の素顔」への不満も比例して大きくなっていった。他人の顔を美しく仕上げる方法を知れば知るほど、自分の顔の「欠点」がよく見えてしまう。職業病、と言ってしまえばそれまでだけど、あれはもっと深いところにある問題だったと思う。

メイクが武装になっていた、というのはつまり、素顔の自分を「戦場に出す」のが怖かったということだ。傷つくのが怖かった。値踏みされるのが怖かった。「可愛くない」と思われるのが怖かった。その恐怖を隠すために、毎朝一時間以上をかけてフル装備で出かけていた。今考えれば相当な重労働だったと思う。体力的にも、精神的にも。

「メイクが上手い」と「自分が好き」は別の話

ヘアメイクアーティストとして仕事を重ねるにつれて、私は「メイクが上手い人」になっていった。
現場では信頼された。撮影の現場でも、ブライダルの現場でも、「Laylaさんに頼むと安心」と言ってもらえることが増えた。芸能の仕事も増えて、地上波の仕事も入るようになって、客観的に見ればキャリアは順調だった。

でも家に帰って一人でクレンジングをして、鏡を見るたびに、何かが少しずつ削れていく感覚があった。仕事用の顔を落とした後に残る顔が、どうも「自分」じゃない気がして。いや、正確には「自分」なんだけど、「自分でいい」と思えなかった、というほうが正しいかもしれない。

メイクが上手いことと、素顔の自分を好きであることは、全く別の話だ。この二つを混同している人は、業界の内外問わずとても多い。技術があれば自信が持てるはずだと思いがちだけど、実際には技術の習熟が自己肯定感に直結するわけじゃない。むしろ逆で、技術が上がるほど「もっとこうしなきゃ」という基準も上がって、素の自分への不満が増幅されることがある。

私はその典型だった。コントゥアリングが上手くなれば自分の骨格の「欠点」が気になり、アイメイクの技術が上がれば一重まぶたへのコンプレックスが強くなり、リップの配色センスが磨かれれば自分の唇の形が気になる。際限がなかった。

あれは一種の呪いだったと思う。美の基準を自分で高め続けて、自分でその基準に追いつけなくて、また技術を磨いて、また基準が上がる。ループから抜け出す方法が、当時の私にはわからなかった。そのループの中で、メイクは「自己表現」ではなく「自己修正」の道具になっていた。

タロットが教えてくれた「仮面の下」の話

占いを本格的に学び始めたのは、ちょうどその頃だった。
タロットと西洋占星術。最初はキャリアのためというより、純粋に興味があって飛び込んだ世界だったけれど、学べば学ぶほど、そこには「人間の内面構造」についての深い洞察が積み重なっていることがわかってきた。

タロットの78枚のカードは、人間の心理状態と状況のほぼ全てをカバーしていると言われる。その中に「悪魔」というカードがある。正位置で出ると、執着・依存・囚われ、といった意味合いで読まれることが多い。私がそのカードを初めて深く学んだとき、なぜか自分のメイクへの執着を思い浮かべた。

メイクをしていないと不安。メイクなしでは人に会えない。メイクを落としたら自分じゃなくなる気がする。——これって、一種の「囚われ」じゃないか、と。

もちろん、メイクが悪いわけじゃない。タロットが「これは悪い習慣だ」と言っているわけでもない。ただ、私はそのカードを介して初めて自分に「あなたは何に囚われているの?」と問いかけることができた。鑑定の場でクライアントに「このカードが出たとき、あなたはどんなことを恐れていますか?」と聞くのと同じ問いを、自分自身に向けた。

答えは思ったより早く出てきた。私は「素顔の自分を見られること」を恐れていた。いや、もっと正確に言えば、「素顔の自分が値しない存在だと思われること」を恐れていた。メイクは盾だった。盾がなければ傷つくと思っていた。でも盾を持ち続けることで、私は自分の素顔をずっと「弱いもの・守られるべきもの」として扱い続けていた。

それに気づいたとき、少し泣いた。自分を守るために使っていたものが、同時に自分を縛っていたなんて、タロットを学んでいなければたぶんずっと気づかなかったと思う。

「盾」としてのメイクと「翼」としてのメイク

ここで一度、整理しておきたい。
私はメイクが好きだ。今も変わらず、心から好きだ。15年この仕事を続けてきて、その気持ちは一度もブレたことがない。だから「武装としてのメイクはいけない」とか「素顔こそ本当の美しさ」みたいな、よくある綺麗事を言いたいわけじゃない。

ただ、「盾としてのメイク」と「翼としてのメイク」は、全く別物だと思っている。

盾としてのメイクは、何かを隠すためにある。弱さを、傷を、不安を、コンプレックスを。盾は守ってくれるけど、重い。そして盾が必要な状況では常に「自分は今、攻撃されうる存在だ」という前提に立つことになる。毎朝鏡の前で盾を装着しながら「今日も戦わなきゃ」と思っていた頃の私は、いつも消耗していた。

翼としてのメイクは違う。翼は「より高く飛ぶため」にある。今日の自分を最大限に表現するために、コンディションを整えるために、気分を上げるために、または単純に「好きだから」という理由のために施すメイクは、消耗じゃなく、充電になる。

同じルージュを引く行為でも、「傷を隠すため」と「気分を上げるため」では、鏡を見る目の色が違う。同じファンデーションを塗る手つきでも、「欠点を消すため」と「ベースを整えるため」では、終わったあとの心の状態が全然違う。

私が「武装」から卒業できたのは、この違いに気づいてからだった。卒業、というか——正確には今もまだ、たまに盾を手に取りそうになることがある。そういう日は決まって、何かに不安を感じているときだ。それ自体も、一つの自己観察の材料になっている。

変化点になった、ある冬の朝のこと

転機になった瞬間を、一つ話しておく。

ある冬の早朝、撮影の仕事があって、まだ夜明け前に家を出なければならなかった。眠くて、正直あまり気力もなくて、でも出なきゃいけない。そういうとき、私はいつも「フルメイクじゃないと外に出られない」という焦りから、半分寝た状態でファンデーションを叩き込んでいた。

その朝も同じように始めようとして、ふと手が止まった。

鏡の中の自分が、ひどく疲れた顔をしていた。目の下にクマがあって、肌もくすんでいて、でもその疲れた顔を見ながら、初めて「ああ、昨日頑張ったんだな」と思った。批判じゃなく、観察として。欠点として見るんじゃなく、状態として見た。それだけのことなんだけど、そのときの感覚は今でも残っている。

その朝は、下地と眉だけで家を出た。人生で初めてかもしれない、そのレベルの外出。道中ずっとそわそわしていたし、現場に着くまでは「やっぱりフルメイクすれば良かった」と後悔もした。でも現場では誰も何も言わなかった。当たり前だけど、みんな自分の仕事に集中していた。

その日の帰り道、ふと軽くなった気がした。リュックサックの中身が減ったわけじゃないけど、何か下ろせた感覚。あれが「武装を解く」ということの、最初の体験だったと思う。小さな一歩だけど、私にとっては相当な冒険だった。

占星術的に見た「自己像」という問題

西洋占星術の視点から見ると、自己像の問題はアセンダント(上昇星座)と1室の天体に深く関わってくる。

アセンダントは、「他者の目に映る自分」であり、同時に「自分が自分をどう見せたいか」という衝動の源泉でもある。そしてここが傷ついていたり、否定的な天体の影響を強く受けていたりすると、「自分の外見への不安」という形で現れやすい。

私自身のチャートの話は今日は置いておくけれど、鑑定の現場でこの種の「自分の見た目への強いコンプレックス」を訴えてくる方は、例外なく「他者からどう見られているか」を過剰に意識している。面白いのは、そういう方の多くが、客観的にはとても魅力的な外見を持っていることだ。他の人が見れば「え、どこが?」と思うようなところを、本人は深刻な「欠点」として抱えている。

これは外見の問題じゃない。認知の問題だ。

自分の顔を「批判の対象」として見る癖がついてしまうと、どれだけ客観的に美しくなっても、内側からは「まだ足りない」という感覚が消えない。その癖の根っこには、たいてい「ありのままの自分では愛されない」という信念がある。そして多くの場合、その信念は幼少期の体験や、重要な他者からのメッセージによって作られている。

メイクで隠せるのは見た目だけで、その信念は隠せない。だからいくら厚塗りしても、心の底にある「足りなさ」の感覚は消えない。私がそれを学んだのは、鑑定の相手を通してだった。そしてその後、ゆっくりと自分自身を振り返った。

占星術は答えを与えてくれるツールじゃない。「あなたはこういう傾向がある、だからこう生きろ」と命令するものでもない。ただ、自分の内側を照らす光を持っている。その光を使って自分を見たとき、私は「外見への武装」の背後にある「愛されることへの恐れ」を、初めて直視することができた。

クライアントの顔を仕上げながら、気づいたこと

ヘアメイクアーティストとして仕事をしていると、毎日のように「他人の顔」と向き合う。

ブライダルの現場は特に、感情的な密度が高い。花嫁さんは人生で一番緊張している日に、私の前に座っている。泣くかもしれない。笑うかもしれない。何も言わずにただじっとしている人もいる。そのどんな状態でも、私はその人の顔を最も美しく引き出す仕事をする。

あるとき、とても印象的なお客様がいた。結婚式の前日リハーサルで来てくださったのだけど、最初はずっとうつむいていて、鏡をほとんど見ようとしなかった。話を聞くと「自分の顔が嫌いだから、鏡を見るのがつらい」と言った。

私はその言葉に、かつての自分を見た。

彼女の顔に向き合いながら、私は「どこを隠すか」じゃなく「何を引き出すか」だけを考えた。目元に少し力を入れて、頬の丸みを生かして、唇を柔らかく仕上げた。シンプルな工程だったけど、仕上がりを見た瞬間、彼女が初めて鏡をまっすぐ見た。そして「私、こんな顔してるんだ」と小さく言った。

批判じゃなく、発見の言葉だった。

あの瞬間に、私はヘアメイクという仕事の本質を改めて受け取った気がした。美しくすることは、隠すことじゃない。その人がすでに持っているものを、見えるようにする作業だ。それは自分自身に対しても、同じことが言えるはずだ。

でも武装していた頃の私は、自分のメイクを「隠すこと」にしか使えていなかった。あれだけの技術を持ちながら、自分の顔に対しては「何を引き出すか」ではなく「何を消すか」だけを考えていた。他人には惜しみなく使えた視点を、自分には向けられなかった。

「素顔でいること」は勇気じゃなくて、慣れだと思う

よく「素顔でいることは勇気がいる」と言われる。
わかる。でも私は今、少し違うことを思っている。

勇気って、毎回必要なものじゃない。最初は勇気がいるかもしれないけれど、繰り返すうちに「慣れ」に変わる。素顔でいることも、たぶん同じで、最初の一回が一番怖くて、二回目からは少しだけ楽になって、気づいたら「別に怖くないな」という状態になる。

私は今、以前ほどフルメイクに固執しない。朝の時間が短いときは、眉とリップだけで出ることもある。コンビニに行くときはすっぴんで行く。それが「ありのままの自分を愛している」という崇高な理由からじゃなくて、単純に「慣れた」からだ。何回もすっぴんで人の目に触れて、世界が何も変わらなくて、「ああ、誰も私のことをそこまで見ていないんだな」という安心を積み上げた結果だ。

これは自己肯定感の話でもあるけど、どちらかといえば「現実検証」の話だと思っている。メイクなしで出かけたら何が起きるか。答えは「特に何も起きない」だった。その体験を重ねることが、一番の薬だった。

ただ、一つ正直に言うと、今でも「全力のメイク」をするときは、それが翼になる感覚がある。気合いを入れたい日、大事な人に会う日、新しいプロジェクトを動かす日。そういうときのメイクは、もう盾じゃない。完全に翼だ。自分を高く飛ばすための準備行動として、心から楽しんでいる。

武装をやめたことで、メイクがもっと好きになった。これは本当のことで、少し不思議で、でもよく考えれば当然のことだと思う。「しなきゃいけない」から「したい」に変わったとき、どんな行為も輝きが変わる。

あの頃の自分に、今なら何を渡せるか

冒頭で「何も言わない」と書いた。でも少し考えを改めた。

今の私があの頃の自分に会えるなら、言葉より先に何かを渡したい。たぶんそれは、クレンジングだ。いや、笑ってほしい話じゃなくて、本当にそう思っている。

落とすことを、あの頃の私は怖がりすぎていた。落としたら何も残らないと思っていた。でも落としても、顔はそこにある。なくならない。消えない。ただ素材が見える状態になるだけで、それは「足りない」じゃなく「ここから始まる」という状態だ。

クレンジングを渡して、一緒に洗顔して、タオルで顔を拭いて。その後に鏡を渡して。そして一言だけ言う。「批判しなくていいよ」と。

欠点を探さなくていい。隠すところを探さなくていい。ただ見る。ただそこにある顔を、見る。それだけで、少し変わると思う。

私がそれをできるようになったのは、タロットを学んで、占星術を学んで、人の内面と何千回と向き合って、自分の仕事の意味を問い続けて、15年かかった。随分と遠回りだったかもしれない。でも遠回りしたからこそ、今の場所に立てている気もする。

アトリエヴァリーで鑑定をしていると、「見た目のコンプレックスが自信に影響している」という相談をよく受ける。その度に私は、自分のあの頃を思い出す。同時に、あの冬の朝のことも。そしてブライダルの現場で、初めて鏡をまっすぐ見てくれたあの方の顔も。

武装していたあの頃の自分は、弱かったわけじゃない。ただ、自分の強さの使い方を知らなかっただけだ。その強さは最初からそこにあって、ただメイクという鎧の下に隠れていた。

鎧を脱いでも、強さは消えない。むしろ、もっと自由に動けるようになる。

メイクが「言語」になる日

最後に、少し未来の話をしたい。

私が今目指しているのは、メイクを「言語」として使える状態だ。言語は隠すためにあるんじゃなく、伝えるためにある。今日の気分を、今日の自分の状態を、今日の世界への向き合い方を、顔という場所に乗せて表現する。それがメイクの本来の姿だと思っている。

春の日に桜色のリップを選ぶのは、今日が美しいことへの賛同だ。疲れた日にあえて真っ赤な口紅を引くのは、それでも負けないという宣言だ。すっぴんで大事な人に会いに行くのは、「あなたには飾らなくていい」という信頼の表明だ。どれも正しくて、どれも美しい。

武装としてのメイクをしていた頃、私はメイクに「不安を消す」という仕事をさせていた。でも不安を消すことはメイクの仕事じゃない。不安を消したいなら、その不安の根っこを見なきゃいけない。メイクにできるのは、今日の自分を最大限に表現することだけだ。そしてそれで十分だと、今は思っている。

タロット占い師として、西洋占星術師として、ヘアメイクアーティストとして、ライターとして。私がこれだけ多くの顔を持っているのは、人間の「見た目」と「内面」が切り離せないものだと知っているからだと思う。どちらか一方だけを磨いても、何かが噛み合わない。外側を整えながら内側を掘り、内側を掘りながら外側を整える。その往復運動の中に、本当の意味での「美しさ」があると信じている。

メイクが武装だった頃の自分へ。あなたはよく戦った。でもそろそろ、鎧を磨くんじゃなくて、翼を広げることを考えてみてもいい頃だよ。

鏡をまっすぐ見たとき、そこに映っているものは——敵じゃない。

「綺麗にしてあげたい」と思った瞬間、何かが変わった

ヘアメイクの仕事を始めて数年が経った頃、師匠筋にあたる先輩アーティストに言われた言葉がある。

「Laylaは技術があるのに、なんで自分の顔には使わないの」

その言葉の意味が、当時の私にはわからなかった。いや、わかりたくなかったのかもしれない。「ちゃんとメイクしてますよ」と答えた記憶があるけど、先輩が言いたかったのはそういうことじゃなかったと、今ならわかる。技術を「使う」のと、技術で自分を「愛でる」のは違う、ということだ。

その言葉を反芻しながら過ごしていたある週末、友人の結婚パーティーに呼ばれた。仕事の現場じゃなく、完全にプライベートな席。友人たちは皆それぞれのおしゃれをして集まっていて、私もいつも通りのフルメイクで行った。テーブルを囲んで食事をしながら、ふと隣に座った友人の顔を眺めた。彼女は私より格段にメイクが薄くて、でも目が輝いていた。笑うたびに目の端に細かいシワが寄って、それがとても愛らしかった。

そのとき初めて「綺麗にしてあげたい」という感情が、仕事としてではなく純粋な衝動として、自分の中に起きた。仕事のときは常にそう思っているはずなのに、あのとき感じたものは全然別の質感だった。その人の良さを、もっと引き出したいという、余計な計算のない欲求。

帰宅してから鏡を見て、初めて自分の顔にも同じ問いを立ててみた。「この顔の、何を引き出したいか?」。隠す話じゃなく、引き出す話として。そう考えたとき、長年見続けてきたはずの自分の顔が、少しだけ違って見えた。目の下の影が「欠点」じゃなく「深さ」に見えた。頬の丸みが「幼さ」じゃなく「柔らかさ」に見えた。それまで欠点リストの上位にいたパーツたちが、初めて「個性」という別名を持ち始めた瞬間だった。

企業顧問の仕事が、意外な気づきをくれた話

数年前から美容関連の企業顧問という仕事もするようになった。会議室で話す機会が増えて、スーツに近いスタイルで出かける日も出てきた。そういう場に初めて臨んだとき、私は少し戸惑っていた。ヘアメイクの現場とも、占いの鑑定室とも違う空気感の中で、自分をどう見せればいいのかが一瞬わからなくなったのだ。

最初の会議の前日、いつものやり方でフルメイクのシミュレーションをしようとした。コンセプトを決めて、カラーパレットを並べて。でもどうも「しっくりこない」。原因を考えていて、気づいた。私はいつの間にか「その場に合わせた仮面」を探していた。ヘアメイクアーティスト用の顔でも、占い師用の顔でもなく、「顧問っぽい顔」を探しにいっていたのだ。

それは武装の亜種だ、と気づいた。状況に合わせた鎧を着替える習慣。本人は使い分けているつもりでも、実態は「その場で値踏みされないための防御」だった。

結局その日は、普段自分が好きで使っているリップと眉の仕上げ方で行った。何かに寄せるのをやめた。会議は普通に進んで、特に何も起きなかった。でも終わった後、これまでのどんな現場より少しだけリラックスしていた自分に気づいた。「Layla として」いたから、だと思う。何かのための Layla ではなく。

場に合わせることと、場のために自分を消すことは違う。服装のトーンを合わせることと、自分の顔つきまで「その場用」にしようとすることは、全然別の話だ。あの体験以来、どんな場所に行くときも、まず「Layla の顔を作る」という順番を変えていない。そこから先の調整はするけれど、起点は常に自分の中にある。

武装を解いた先に待っていたもの

武装をやめたら、何かを失うと思っていた。守られなくなる、傷つきやすくなる、弱くなる。でも実際には、逆のことが起きた。

盾を持ち歩くのをやめたら、手が空いた。空いた手で、別のものを持てるようになった。人の顔をちゃんと見る余裕が生まれた。鑑定の場では、クライアントの言葉の奥にある感情を、以前より鋭く受け取れるようになった。自分を守ることに使っていたエネルギーが、外側に向けられるようになったのだと思う。

それと同時に、傷つくことへの耐性も、なぜか上がった。これは逆説的に聞こえるかもしれないけれど、鎧を着ていたときの私のほうが、実はずっと傷つきやすかった。鎧の上から攻撃されても効かないけれど、鎧の継ぎ目を突かれると致命傷になる。素肌でいるほうが、傷は浅くて、治りが早い。あくまで比喩だけど、そういう感覚が確かにある。

冬の早朝、あの撮影の日から始まった小さな変化は、気がつけば生活の全域に広がっていた。鏡との関係が変わり、メイクとの関係が変わり、自分の顔への語りかけ方が変わった。クレンジングが怖くなくなった。すっぴんで宅配便を受け取るのが普通になった。それが積み重なって、今の私がいる。

武装を解いた先に待っていたのは、無防備な自分じゃなかった。もっと動きやすくなった自分だった。そしてメイクを楽しめる自分だった。好きなときに、好きな理由で、好きな色を選ぶ。その単純な自由が、こんなに気持ちいいとは思っていなかった。

あなたが毎朝鏡の前で感じている「足りなさ」は、顔の問題じゃないかもしれない。それが何の問題なのかは、あなたにしか見えない場所にある。

筆を置く夜に、残るもの

深夜、仕事を終えて道具を片付けるとき、私はよくブラシを一本ずつ拭く。チークブラシ、ハイライトブラシ、リップブラシ。その日どんな顔に触れたか、どんな表情を引き出せたか、手を動かしながら静かに振り返る時間だ。

ある夜、ふと気づいた。道具を丁寧に扱う理由は、次の誰かのためだけじゃなく、その道具を信頼しているからだ、と。長年使い込んだブラシには、積み重なった仕事の記憶がある。それは武装の歴史じゃなく、誰かの顔と向き合ってきた時間の記録だ。

自分の顔も、同じだと思う。今日まで生きてきた時間が、全部そこに乗っている。疲れた日も、笑った日も、泣いた夜も、全部。それを「欠点だらけの素材」として見るのか、「ここまで連れてきてくれた顔」として見るのかで、鏡の前に立つ意味が変わる。

武装していた頃の私は、顔を「整えるべき問題」として見ていた。今は、一緒に歩いてきた場所として見ている。その視点の移動だけで、朝の鏡がずいぶん違う場所になった。答えはいつも、思っていたより近くにあった。

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