泣いたことが一度だけある。
ヘアメイクの仕事を15年続けてきて、ただの一度だけ。
現場では泣かなかった。楽屋でも泣かなかった。帰りの電車の中でも、マンションの廊下でも泣かなかった。泣いたのは深夜の台所で、やかんが沸騰するのを待ちながら、ひとりで立っていたときだった。
ブラシを持つ手が、もう一本あれば
その日のことを話すには、少し前から順を追って話す必要がある。
わたしがヘアメイクアーティストとして独立して三年目の秋だった。占い師としての仕事とヘアメイクの仕事を並走させていたあの時期は、体力だけで乗り切っていたと思う。今思えば、無謀の一言に尽きる。
依頼を受けたのは、とある地方の小さな写真館からだった。出張ヘアメイクの仕事で、ウェディングの撮影ではなく、遺影の撮影だった。「生前遺影」という言葉が世に広まる少し前のことで、当時はまだそういう撮影の依頼自体が珍しかった。
依頼文には、こう書いてあった。「末期癌の診断を受けた女性です。本人の希望で、今のうちに撮っておきたいとのことです。できるだけ自然に、でも美しく仕上げていただけますか」。
メールを読んだとき、わたしはしばらく返信ができなかった。「できるだけ自然に、でも美しく」という一文を、何度も読み返した。その言葉の重さを、引き受ける前から感じていた。それでも、受けた。受けなければいけない仕事だと思った。理由はうまく言葉にできなかったけれど、直感というより、義務感に近い何かだった。
道具を選ぶのに、いつもの三倍の時間がかかった。ブラシを一本一本手に取って、確かめて、また置いて。ファンデーションの色を迷い、リップの赤みを迷い、眉のペンシルの細さを迷った。自分の手が、普段より一回り大きく感じられた。それだけの重さを持って、仕事に行かなければならなかった。
会った瞬間に、わかること
撮影場所は、その女性の自宅だった。写真館の人間とわたしの三人で伺った。玄関を入ると、線香の匂いがするわけでもなく、薬の匂いがするわけでもなく、ただ古い木の家の匂いがした。縁側に光が入っていて、外では金木犀が咲いていた。あの匂いを、わたしは今でも思い出すことができる。
女性はリビングのソファに座っていた。六十代後半、あるいは七十代の前半だったと思う。髪は少し薄くなっていたけれど、白髪がきれいに整えられていた。目が澄んでいた。病人の目ではなかった。何かを決めた人の目だった。
「今日はよろしくお願いします」と彼女は言った。声は静かで、でも確かだった。こちらが何かを気遣う必要のない、そういう声の出し方だった。わたしは「こちらこそ」と返して、道具を広げ始めた。
ヘアメイクをしながら会話をする。これはわたしの仕事のひとつのやり方で、お客様によっては沈黙を好む方もいるけれど、彼女はよく話してくれた。若い頃に働いていたこと、娘さんが二人いること、夫はすでに亡くなっていること。話し方は淡々としていて、感傷的なところがひとつもなかった。
「死ぬのが嫌だとは思わないのよ」と彼女は言った。鏡を見ながら、自分の顔に目を向けたまま。「ただ、汚くなっていくのは嫌だから。きれいなうちに、写真を撮っておこうと思って」。
わたしはブラシを動かし続けた。止める理由も、止める勇気もなかった。
美しくする、ということの意味
ヘアメイクアーティストという仕事は、表面を変える仕事だと思われることが多い。実際にそういう側面はある。コンシーラーでシミを消して、シャドウで目を大きく見せて、ハイライトで輪郭を整える。技術として言ってしまえば、それだけのことだ。
でも、15年この仕事をしてきて、わたしが思うのは、ヘアメイクは表面ではなく、その人の「時間」を扱う仕事だということだ。今この瞬間の、その人の持っている時間を、最も輝く形に整える。それがわたしの仕事の本質だと、あの現場に行く前から感じていたことだった。
だから、遺影の撮影というものは、その意味がもっとも純粋に現れる仕事でもある。「この瞬間の美しさを、永遠に残す」という行為に、これ以上の具体例はない。ブライダルの撮影も、雑誌のグラビアも、すべてその延長線上にある仕事ではあるけれど、遺影は違う次元で純粋だった。
わたしは彼女の眉を描きながら、考えていた。この人が「美しくなりたい」と思った理由は何か。残していく人たちへの、贈り物なのか。それとも自分自身への、最後の敬意なのか。どちらでも構わないし、どちらでもあるのかもしれない。でも、どちらにしても、その動機はすごく真剣で、すごく正直だった。
リップを塗るとき、彼女が少しだけ微笑んだ。「やっぱり口紅をつけると、気持ちが変わるわね」と言った。その言葉は、何十年も先まで届くような言葉だった。わたしはその言葉を、今でも大事に持っている。
シャッターが切れるまで
仕上がりを鏡で確認してもらった。彼女は自分の顔を、長い時間見ていた。わたしはその間、少し離れて立っていた。感想を急かす理由は何もなかった。
「きれいにしてもらえた」と彼女は言った。それだけだった。余分な言葉は何もなかった。でも、その「きれいにしてもらえた」という一文には、これまでの人生のすべてのような重みがあった。もっと若いとき、誰かにきれいにしてもらいたかったこと、あるいはきれいにしてもらえた日のこと、そういうものがぜんぶ入っているような声だった。
撮影は縁側の近くで行われた。外の光が入るように窓を少し開けて、金木犀の匂いがかすかに漂っていた。彼女は背筋をまっすぐ伸ばして、カメラの前に座った。緊張はしていなかった。むしろ、落ち着いていた。
カメラマンが「では、撮りますね」と言って、シャッターが切れるまでの数秒間、わたしはその場の空気が変わるのを感じた。光の粒が一瞬止まるような、あの感覚。写真を撮る、という行為が持つ暴力的なまでの「記録」の力が、その瞬間だけ優しいものに変わった気がした。
撮影は三十分ほどで終わった。彼女はお茶を出してくれた。縁側に座って、庭の金木犀を眺めながら、わたしたちは少し話した。ヘアメイクの話ではなく、秋の話、季節の話。それだけ話して、わたしたちは引き上げた。
玄関を出るとき、彼女が「ありがとう。来てくれて、よかった」と言った。わたしは「またいつでも」と言いかけて、止まった。「またいつでも」が成立しない場所に、わたしたちはいた。かわりに「お声がけいただいて、ありがとうございました」と言って、頭を下げた。
帰り道の、静けさ
帰りの新幹線の中で、わたしはずっと窓の外を見ていた。景色が流れていた。田んぼ、山、川、小さな町。それらがぜんぶ、等しくそこにあった。
仕事としては、うまくいったと思う。彼女は喜んでくれた。仕上がりにも満足してもらえた。撮影もスムーズに終わった。プロとして、及第点以上の仕事はできたはずだった。
でも、そのことがかえって、わたしの中で何かを詰まらせていた。「うまくやった」という感覚と、「何かが足りなかった」という感覚が、同時にそこにあった。足りなかったのが何かは、電車の中では分からなかった。
駅からの帰り道、スーパーに寄った。牛乳と、卵と、何だったか忘れたけれど、何かを買った。レジの列に並びながら、前の人の買い物かごを眺めた。ブロッコリーと、鶏むねと、子供向けのお菓子が入っていた。誰かの夕飯の材料だった。なんでもない光景が、その日はやけにくっきり見えた。
帰宅して、コートを脱いで、台所でやかんに水を入れた。お湯を沸かして、お茶でも飲もうと思っていた。やかんをコンロに乗せて、火をつけて、壁に寄りかかった。それだけのことをしていたら、急に、目が熱くなった。
深夜の台所で
やかんが鳴り始めるまでの、あの数分間のことを、今でも細かく覚えている。台所の蛍光灯が少し明るすぎて、目が痛かった。外から車の走る音が聞こえていた。冷蔵庫の低いモーター音がしていた。そういう音だけがある場所で、わたしは立ったまま泣いた。
声は出さなかった。ただ、涙が出た。止めようとも思わなかったし、止める必要もないと思った。何かが溢れているというより、何かが流れていく感じだった。
泣きながら、わたしは考えていた。自分が何のために泣いているのか、分からなかった。彼女のために泣いているのかといえば、違う気がした。彼女は泣いていなかった。あんなに静かで、あんなに凛としていた。彼女への同情だとしたら、それは失礼だった。
では、自分のために泣いているのか。それも、少し違った。でも、少しだけ近かった。
わたしは、あの仕事が好きだった。ブラシを持つことが、誰かの顔に触れることが、その人の「今」を美しくすることが、本当に好きだった。そのことを、あの現場で改めて知ったのだと思う。知った、というより、思い知らされた。
「美しくする」ということが、どれだけ深いことか。表面を整えているようで、実はその人の時間に触れている。その人の人生の一場面に、わたしの手が加わっている。それがこんなにも重くて、こんなにも光栄なことだったのか、と。やかんが沸いて、わたしは袖で顔を拭いた。お茶を一杯だけ飲んで、眠った。
美容の仕事が、呪いになる瞬間
ヘアメイクを生業にしていると、「美しさ」というものへの感覚が鈍くなることがある。毎日毎日、誰かを美しくして、「きれいですね」と言って、「ありがとうございます」と言って、それが当たり前になっていく。職業病とも言えるし、慣れとも言えるし、もっと悪い言葉で言えば、麻痺だ。
美容の仕事には、一種の呪いがある。「美しくあること」を追い続けるあまり、「美しくなろうとすること」の意味を忘れる。技術が上がるほど、仕上がりにこだわるほど、どこかで手段と目的がひっくり返っていく。わたしも、あの現場に行くまでの数年間、その呪いの中にいたかもしれない。
きれいな仕上がりを作ることに集中するあまり、誰のための仕上がりなのかが、後ろに退いていく。モデルさんの顔が「素材」に見えてくる瞬間が、ある。お客様の要望を「注文」として処理するだけになる瞬間が、ある。それは技術者として成熟していく過程の一部でもあるのだけれど、その成熟が、ある種の乾燥をも連れてくる。
あの日の彼女は、そのわたしの乾燥を、静かに破った。彼女は何も言わなかった。ただ、「きれいにしてもらえた」と言った。それだけで、十分だった。十分すぎるくらい、十分だった。
美容の仕事が呪いになるのは、「美しくすること」を目的にしてしまったときだとわたしは思う。美しくすることは手段だ。その向こうに、何かがある。その人の自信であるかもしれないし、特別な一日の記念であるかもしれないし、最後の自分への敬意であるかもしれない。そのどれもが、等しく重い。
タロットと、ヘアメイクと、同じ場所にあるもの
占い師としての仕事とヘアメイクアーティストとしての仕事を、わたしは長い間、別々のものだと思っていた。一方は内面を扱い、一方は外見を扱う。一方は言葉で、一方は手で。カテゴリとしては、確かに違う。
でも、あの日の帰り道から、わたしはそれが同じ場所から来ていることを知った。タロットを読むとき、わたしはカードの向こうにある「その人の時間」を読んでいる。今どこにいて、どこへ向かおうとしていて、何が引っかかっているのか。それは、外から見えるものではなく、内側にある地図を読む作業だ。
ヘアメイクも、実は同じことをしている。この人の顔の中に、どんな表情が眠っているか。どんな光が、このファンデーションで目覚めるか。どんな色が、この人の今日を作るか。技術は違っても、向いている方向は同じだった。「その人の最良の今を、引き出す」という方向に。
わたしが占い師とヘアメイクアーティストを「両方やっている」ことを、不思議に思う人は多い。「どうして二つも?」と聞かれることが、今でもある。でも、わたしにとってはずっと「一つのこと」だった。ただ、あの現場で初めて、その「一つのこと」に名前がついた気がした。
名前は、「その人の時間に、触れること」。そのままだけれど、そのままでいい。難しい言葉にする必要はない。
企業の顧問として占星術の観点から人事や戦略を助言する仕事も、地上波のメディアに出る仕事も、アトリエヴァリーでお客様ひとりひとりと向き合う鑑定も、すべてがその延長線上にある。誰かの「今」に、わたしの技術と感覚を使って、触れる。それだけのことを、わたしはずっとやってきた。
あの人の写真が、どこかにある
あれから何年も経つ。彼女が今どうしているのか、わたしは知らない。連絡先を交換したわけでもないし、写真館から後日談を聞いたわけでもない。それでいい、とわたしは思っている。知る必要のないことは、知らなくていい。
でも、あの写真は、どこかに存在している。彼女の家の仏壇かもしれない。あるいは、娘さんたちの家に飾られているかもしれない。または、誰も見ていない引き出しの中に、静かにしまわれているかもしれない。どこにあるにしても、あの写真の中の彼女は、金木犀の匂いのする秋の午後に、白い光の中で、きれいに笑っている。
わたしのブラシが作った眉が、そこにある。わたしが選んだリップの色が、そこにある。わたしが「この人にはこの光が似合う」と思って、少し後ろに下がりながら確認した仕上がりが、そこにある。
それは誰かの誕生日でも、結婚記念日でもない。でも、誰かの人生の中で最も大事な写真のひとつとして、きっと今も、そこにある。わたしはそれを、誇りに思うというより、静かに抱えている。誇りはもう少し軽い言葉で、これはもっと重い。
ヘアメイクの現場を終えて、道具をきれいに拭いて、ケースに片付けるとき、わたしはいつもその重さを感じる。一本一本のブラシに、誰かの時間が染み込んでいるような気がして、丁寧に扱わなければ、と思う。それはあの現場の前からそうだったかもしれないし、あの現場の後からそうなったのかもしれない。もう区別がつかないくらい、自然にそう思う。
美しさは、終わらない
美容の哲学という言葉を、わたしはあまり好きではなかった。哲学という言葉が、美容に対して少し大げさな気がして、気恥ずかしかった。でも今は、そう呼ぶことに抵抗がない。哲学というのは、生き方を問い続けることだとすれば、美容もそれだと思うから。
「美しくあること」は、生きることの一部だ。それはナルシシズムでも虚栄でもない。自分の外側に気を配るということは、自分が今ここにいることを、自分で確かめる行為だと思う。朝に口紅を引く女性も、鏡の前で髪を整える男性も、その動作の中で「今日もわたしはここにいる」と、無意識に確認している。
だから、美しさは終わらない。老いても、病んでも、美しくあろうとする意志は、消えない。彼女がそれを教えてくれた。「汚くなっていくのは嫌だから」と言った彼女の言葉は、諦念ではなく、意志だった。最後まで、自分の外側を大切にするという、静かで強い意志。
ヘアメイクの仕事を続けていると、「老けた」「太った」「若い頃と違う」と嘆くお客様に、何十人、何百人と出会う。その言葉を聞くたびに、わたしはあの秋の午後を思い出す。金木犀の匂いと、縁側の光と、鏡を長い時間見ていた彼女の背中を。
美しくなろうとすることに、遅すぎることはない。美しくあることをやめるには、まだ早すぎる。そんな言葉を、わたしはいつも心の中だけで持っている。お客様に言うこともある。でも、一番大事なのは、ブラシを持った手が、そのことを知っているかどうかだ。
ヘアメイクアーティストの手は、口よりも正直だ。その人を美しいと思っているかどうか、その人の時間を大切に思っているかどうか、手が正直に表す。どんなに巧みな言葉を並べても、ブラシの動きが雑なら、それは届かない。逆に、一言も余計なことを言わなくても、手が丁寧なら、それは伝わる。
だからわたしは今日も、道具を丁寧に拭いて、ケースに片付ける。その動作の中で、わたしはもう一度確かめている。ブラシを持つこの手が、誰かの時間に触れる準備ができているかどうか、を。
泣いたことが一度だけある。
その一度で、十分だった。
その一度が、今も、わたしの手を動かしている。
美しくあろうとした彼女の、あの静かな背筋を、わたしはまだ覚えている。それはたぶん、わたしが忘れるべきではないものを、忘れないための、体の記憶だ。
道具が、先生だった時代
独立する前、アシスタントをしていた時代のことを話すと、今の若い子たちに驚かれることがある。当時はとにかく、道具に触らせてもらえなかった。先輩のブラシを洗って、乾かして、並べて、それだけで一日が終わることもあった。スポンジの洗い方が悪いと怒鳴られた。チークブラシの毛並みの向きが違うと言われた。道具の扱いが仕事の全部だった時期が、二年近くあった。
当時は理不尽だとも思ったし、早く現場に出たいと焦りもした。でも今にして思えば、あの二年間に教わったことは、技術よりも深いところにある何かだった。道具を大切にするということは、その道具が触れる「人」を大切にするということだ。ブラシの毛を丁寧に洗うのは、次にそのブラシが触れる誰かの肌への、準備だ。先輩はそれを言葉では教えなかったけれど、行動で叩き込んだ。
あるとき、先輩のメイクボックスの整理をしていたら、一本だけ、他と明らかに違う古いブラシが入っていた。毛先が少し歪んで、ケースも擦り切れていた。捨てていいのか分からなくて、先輩に聞いたら、「それだけは絶対に触るな」と言われた。理由は教えてもらえなかった。でも、その一本だけが纏っていた、他のブラシとは違う重さを、わたしは手の中で感じた。誰かとの時間が、そこに閉じ込められているようだった。
その経験があるから、わたしは今でも道具を捨てるときに、少し時間をかける。使い終えたスポンジも、毛先がほつれたブラシも、ただゴミ箱に放り込むことができない。それが習慣なのか信仰なのか、もうわからないけれど、捨てる前にもう一度、きれいに拭く。それだけのことが、何かへの礼儀だと思っている。
道具は言葉を持たない。でも、長く使ったブラシは、使い手の癖を覚える。力の入れ方、角度の取り方、どこで止まるか。わたしのブラシは、わたしの手の形をしている。それは少し怖いことでもあって、少し嬉しいことでもある。ブラシの毛並みを見れば、その人がどんな仕事をしてきたか、分かる気がする。雑に扱われたブラシは、雑に仕事をしてきた人の形をしている。丁寧に扱われたブラシは、丁寧に人に向き合ってきた人の形をしている。
「きれいになりたい」の、その奥にあるもの
お客様と向き合うとき、わたしはまず「何のためにきれいになりたいのか」を考えるようにしている。本人に直接聞くことはほとんどない。聞かなくても、話す内容や声のトーン、目の動き、椅子への座り方で、おおよそのことは分かる。
「きれいになりたい」という言葉の奥には、いつも別の言葉が隠れている。自信を取り戻したい、という人もいる。誰かに認めてほしい、という人もいる。もう一度、自分を好きになりたい、という人もいる。失恋の翌日に来る人、昇進した日に来る人、離婚届を出した帰りに来る人。わたしはその全員の「なぜ今日ここに来たか」を、美しく仕上げることで引き受けている。
一度だけ、こんなことがあった。三十代の女性で、初めて来たときは「大事な商談があるので」という理由だった。でも三回目に来たとき、ふと「実は来月、お見合いがあって」と打ち明けてくれた。「最初からそう言えばよかったんですけど、なんか言いにくくて」と笑いながら言った。その笑い方の中に、緊張と期待と、うまくいかないかもしれないという怖さが全部入っていた。
わたしはその日、いつもよりリップの色を少し明るくした。理由は特に伝えなかった。ただ、「今日はこれにしましょう」と言って、塗った。鏡を見た彼女が、「あ、いいですね」と言って、その瞬間だけ顔がふっと変わった。緊張が一枚、薄くなった。ヘアメイクアーティストの仕事のひとつは、こういう「一枚の薄皮を剥がすこと」だと、わたしは思っている。
タロット鑑定でも、同じことが起きる。お客様が「仕事のことで」と言いながら来て、カードを展開していくと、本当は恋愛のことで頭がいっぱいだったと分かることがある。あるいは「彼氏のことで相談したい」と来て、話すうちに本当は自分の将来への不安が根っこにある、と気づく場合もある。表に出てくる「なぜ」と、内側にある「本当はなぜ」は、いつも少しずれている。そのずれを丁寧に扱うことが、わたしの仕事の核心にある。
鏡の前が、告白の場所になるとき
美容室でよく話してしまう、という人は多い。ヘアメイクの椅子でも、同じことが起きる。なぜ人は、鏡の前で饒舌になるのか。わたしなりに考えてみると、それは「目を合わせなくていい」からではないかと思っている。鏡を通して話し手と聞き手の目は合っているようで、実は直接は合っていない。その微妙なズレが、言葉を出しやすくする。向き合いながら、でも真正面ではない。その距離感が、告白に向いている。
占いの鑑定も、実は似た構造がある。カードやホロスコープというものが「間」に置かれることで、面と向かって話すよりも、本音が出やすい。「カードがそう言っている」という形にすることで、自分でも気づいていなかった本音を、言語化できることがある。わたしはそれを「媒介の効果」と呼んでいる。道具が間に入ることで、人は深いところへ降りていける。
ヘアメイクの椅子に座った人が、突然泣き出したことが何度かある。最初は戸惑った。何かわたしがしたのか、痛かったのか、と焦った。でも、ほとんどの場合、きっかけは些細なことだった。「今日のお客様はどんな方ですか」と聞いたら泣き出した人がいた。「最近よく眠れていますか」と聞いたら泣き出した人がいた。そういう問いが、何かの蓋を外してしまうことがある。
そういうとき、わたしはティッシュを渡して、少しだけ手を止めて、待つ。何も言わないことが、一番いい返しだと知っている。「どうしましたか」と聞くと、かえって蓋が閉まる。「大丈夫ですか」と言うと、「大丈夫です」と答えなければならない空気が生まれる。だから、ただ待つ。やかんの沸くのを待つように、静かに、そこにいる。
鏡の前は、美しくなる場所であると同時に、正直になる場所でもある。自分の顔を、逃げずに見なければならないから。シミも、たるみも、疲れた目も、鏡は全部映す。その正直さの前に立たされることで、内側にあった何かが緩む。美容の椅子は、告解室に似ている。聞き手は黙っていて、話し手はただ話して、それで少し軽くなって帰っていく。
それでも、手を動かし続ける理由
15年という数字は、ただの積み上げではない。その中には、辞めようと思った夜も入っている。体が動かなくなるほど疲弊した時期も入っている。自分の仕事が何の意味もないと感じた季節も、入っている。
特に辛かったのは、キャリアの中盤、ちょうど10年目を過ぎたあたりだった。仕事の量は増えて、実績も積んで、外から見れば順調だったはずの時期に、わたしは深夜に鑑定ノートを開いて、自分のホロスコープを何度も読み直していた。「なぜわたしはこれをやっているのか」という問いに、答えが出なくなっていた。
そういう時期に手を動かし続けられたのは、たぶん、体が覚えていたからだと思う。考えるより先に、ブラシを持った手が動いていた。カードをシャッフルする手が、リズムを刻んでいた。体の記憶というものは、頭の迷いより根が深い。どれだけ「なぜ」と問っても、手は止まらなかった。それが答えだと気づくのに、しばらく時間がかかった。
「やりたいからやっている」という段階を超えると、「やめる理由がないからやっている」という段階になる。それはモチベーションの話ではなく、もっと静かな話だ。水が低いところへ流れるように、わたしの手は自然にブラシを持つ。川に「なぜ流れるのか」と聞いても、答えは返ってこない。でも、川はそこにある。流れている。それで十分なのかもしれない、と今は思っている。
あの深夜の台所で泣いたのも、たぶんそういうことだった。やめようとしていたのではなく、続ける理由をあらためて知ってしまったことへの、驚きだった。長く続けていると、理由を忘れる。忘れていても続けられるから、余計に忘れる。でも、本当の理由は消えたわけではなく、どこかに静かにあって、あの秋の午後にそれが急に顔を出した。それに気づいたとき、涙が出た。
手を動かし続ける理由は、言葉にするとうまくいかない。言葉にしようとするほど、小さくなる。だからわたしはこのエッセイを書き終えた後も、それを言葉の中に閉じ込めようとはしない。ただ、明日もブラシを持つ。明日も、誰かの顔に触れる。その行為の中に、答えが入っている。それで十分だと、今のわたしは思っている。
あなたが「なぜそれをやっているのか」分からなくなったとき、もしかしたら答えは言葉の中ではなく、あなたの手の中に、もうとっくに、ある。
