教える仕事をしていると、「この子、できるな」という子に、出会うことがある。
カードの意味を、すぐ覚える。スプレッドを、素早く組み立てる。質問の筋が、いつも鋭い。
そういう子を見つけると、教えたくなる。
でも、今の私は、「できる人」には、教えません。
むしろ、ちょっと距離を取る。
これが、15年この仕事をしてきて、辿り着いた、教え方の鉄則です。
なぜ、「できる人」に教えないのか。
できる人は、放っておいても、勝手にできる。
これが、理由のすべて。
できる人に手をかけても、その人はもう勝手に進むから、結果がついてくる。教えた側は「私が教えたから、この子は伸びた」と錯覚する。
でも、それは嘘。
できる人は、教わらなくても、勝手に伸びる人。教えた私の手柄ではない。
むしろ、できる人に教えると、その人の「自分で見つけ出す力」を、奪ってしまうことすらある。
教わった型に、縛られてしまう。
「できない人」を、拾いに行く。
じゃあ、誰に教えるか。
私が手をかけたいのは、むしろ、「できない人」。
カードの意味が、なかなか覚えられない。スプレッドを組むのに、時間がかかる。毎回、答えがズレる。
でも、なぜか、続けている。
才能があるから続けているのではなく、「諦めない力」があるから続けている人。
こういう人が、本当は、いちばん面白い。
覚えが遅い人の頭には、覚えが早い人には見えない「疑問」が、たくさん貯まっている。
「なぜ、このカードは、この意味なのか」
「なぜ、ここにこのカードが来るのか」
「なぜ、同じ絵なのに、違う読み方が生まれるのか」
できる人は、「そういうものだから」と納得して通り過ぎる。
できない人は、「そういうものだから」で納得できない。
この納得できなさが、いちばん大事な学習エネルギー。
できない人に、5年かける。
できる人は、1年で伸びる。
できない人は、5年かかる。
でも、5年かけて伸びた人のほうが、10年後、20年後に、はるかに遠くまで行く。
理由は、単純。
5年かけて身につけた技術は、その人の根っこに、完全に組み込まれる。
1年で身につけた技術は、まだ浅い。ちょっと調子が崩れたり、環境が変わったりすると、簡単にどこかへ消えてしまう。
できる人の才能は、表面的には鮮やかだけれど、深度が浅いことが多い。
できない人の粘り強さは、表面的には地味だけれど、深いところに届く。
長く続けたい仕事は、前者ではなく、後者の型で伸ばした方が、もつ。
できる人は、独り立ちさせる。
できる人に会ったときは、早めに、独り立ちさせます。
「あなたは、もう、私から習う必要はない」と、はっきり伝える。
最初は、驚かれます。「え、まだ全然できないですよ」と、戸惑われる。
でも、できる人は、いったん独り立ちすると、ものすごい速度で走り出す。
私が隣にいると、逆に、走るのが遅くなる。
能力のある人は、手を離したほうが、伸びる。
これは、人間全般に言えること。
部下でも、弟子でも、子どもでも。できると分かった瞬間に、手を離す勇気がある人が、いちばん育てるのが上手。
教える側の、承認欲求に気をつける。
ここは、教える仕事をしている全員に、注意してほしい。
教える側には、どうしても、承認欲求がある。
「私の教え子が、こんなにすごくなった」と、誇りたい。
その欲求が、悪いわけじゃない。でも、その欲求に引っ張られて、「できる子」だけを選んで手元に残しておこうとすると、教育が歪む。
できる子の成功を、自分の手柄にしたい心が、出てくる。
でも、できる子は、私がいなくても、できたはずの人。
私の仕事は、できる子の成功で、自己顕示すること、じゃない。
私の仕事は、できない子が、自分の足で立てるところまで、伴走すること。
これを、忘れてしまうと、教える仕事は、ただの「成功者コレクション」になる。
できない人の、ささやかな進歩を、喜ぶ。
できない人を教えていると、派手な成功は、なかなか訪れない。
1年経っても、まだ迷っている。2年経っても、まだ迷っている。
でも、去年より、ほんの少しだけ、迷う時間が短くなっている。去年より、ほんの少しだけ、カードの絵を深く見るようになっている。
この、ほんの少しを、喜べる人が、教える仕事に向いています。
派手な飛躍よりも、地味な前進のほうが、教える側にとっては、ずっと濃い報酬。
5年経って、やっと、できない子が「先生、私、今日、自分で読めました」と報告してくる日がある。
その瞬間の、その子の顔。
あの顔を見るために、私は、できない人を、選び続けている。
誰を、選ぶか。
教える仕事をしている人は、一度、振り返ってみてほしい。
いま、誰に、いちばん手をかけていますか?
できる人でしょうか。できない人でしょうか。
できる人に手をかけているとしたら、たぶん、あなたは、その人の成功を自分の手柄にしたい、という欲求を、少し抱えている。
気づいたら、その欲求を、そっと下ろす。
そして、部屋の隅で静かに諦めずに続けている「できない人」に、視線を向けてみてください。
そこに、あなたが、本当に育てるべき人が、座っています。
「できる人」に教えてはいけない。
これは、教育の、いちばん大事な、けれど、いちばん、言葉にされない鉄則です。
